10.錦、キックのスターに
時代が動く中、現役選手としての活躍の場を求めて、あせりを覚えている選手が山田道場にいた当時、24歳になっていた錦織利弘、後の錦利弘である。
山田辰雄の弟子である小沼保、萩原茂久らは、日本拳法空手道のキックボクシングの窓口として国際ジムを作り、則行の人脈で、錦をNTVに売り込んで、昭和44(1969)年にNTV系てテビューさせることに成功。
クラスはウェルター級テヒュー戦て錦はランキング入り真近のタイ人選手ケトーンという強豪と引き分け翌45(1910)年11月5日には、タイ・ラシャタムナンスタジアムてラシャ・ウェルター級5位のトーンブル・ソーサウホンに3RKO勝ち日本人で初めてタイの現役ランガーに勝ったのである。
"鉄腕・錦""電光回し蹴り"の異名をとり、錦はNTV系キックボクシングのスターとなった。
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