9. 山田辰雄の死と、空手全日本大会
その後、山田辰雄が空手の競技化についてどのような青写真を抱いていたのか、今となっては知ることができない。昭和42(1968)年5月28日、山田辰雄は肝臓ガンで急逝したのである。62歳だった。
翌々年の44(1969)年には、昭和39(1964)年に伝統各派が集まって結成された、全日本空手道連盟(全空連)が第一回全日本大会を行い、大山倍達率いる極真会館も第一回全日本大会を開催した。
山田辰雄が死去したとき、長男・則行は32歳、次男・侃は28歳則行は中央大学の法科を出て、テレビ局に勤務しており、道場は侃が引き継ぐ形となった。
0コメント